神戸大学水害救援ネット じゅうたん台風23号は兵庫県に甚大な被害をもたらしました(10/20)新潟県で震度6強の地震が3回発生しました(10/23) | |||||||||||||||||||||||
出石町 2004年10月24日 活動報告日時: 10月24日(日)
■出石町の被害状況出石町の人口は11,327人(2004年現在、推計人口)。今回の台風23号による被害状況は次の通り。死者2名、重傷1名。全半壊世帯については調査中につき不明。床上浸水186棟、床下浸水148棟(10月25日20:00、兵庫県発表資料による)。 ■活動現場出石町片間地区。出石町の北西部に位置し、国道482号線に面する、里山麓の神社を中心とした集落。出石川西岸の決壊により冠水した(冠水時の写真)。482号線を含む、周辺道路の被害のため、孤立が続いていた。昨日(23日)にようやく水が引き、とのこと。ボランティアの受け入れ初日。消防・警察や農協による被害状況の確認も本日(24日)から始まったところとのこと。住民の復旧作業への着手も、本格化したのは本日からとなるようである。じゅうたんメンバーは、民家内の清掃・家財の運び出しの作業、および集落で発生した、破損した家電製品と畳の回収作業に従事した。 ■交通事情■神戸市灘区を6:15に自動車(ワゴン)にて出発。神戸三田ICから中国自動車道に入り、途中で播但連絡道路へ、和田山ICに8:00に着。日高町内でも冠水している様子を見ながら、482号線を利用して出石町に入ろうとするも、途中で通行止めのため、豊中市上中の里あたりの交差点で北上し迂回、国道426号線を通り、出石町に入る。出石町の鳥居橋交差点付近で決壊現場を目撃した。鳥居橋付近の堤防(西岸)が決壊し、出石町の北西部が水没したのであろう。その後南下するも、426号線も通行止めになり、裏道を通って出石町役場に到着したのが9:30となる。川沿いの国道426号線をのぞき、辰鼓楼などの観光名所がある出石町中心部の被害は軽微。出石町役場も被害はない模様。 ■役場から被災現場まで 出石町役場に到着後、「ボランティアはこちら」という矢印に従い歩く。ボランティアセンターの受付は長机が3つほど。消毒場などもなく、こじんまりとした様子。外部のコーディネーターなどは入っていない模様。受付開始の8:30より1時間遅れて到着したからかもしれないが、多数のボランティアが押しかけている様子もなく、新潟・福井の現場に比べて閑散とした印象を受けた。 ■公民館でのコーディネイト公民館に到着。ここも水没したようだ。腕章をつけ作業服を着た役場の職員2名と、ジャージを着た区長さんが現場を取り仕切っていた。「3人ですか、これで29人です」とのことで、遅れてきた我々の到着により、片間地区の本日のボランティアは29名となったようだ。職員からボランティアをするにあたっての注意事項を仰ぐ。主に以下の3点。
公民館前に、地区の住民の方もおり、その場で直接に区長と職員が、どれぐらい人手が必要かを住民に確認しながら、ボランティアの派遣先と人数を決定していた。我々も、和田山から来た男性と、出石町内の女性とともに、5名のチームを組んで、民家内の作業に従事することとなった。 ■午前中の作業 作業に従事した民家には、夫婦と姉妹2名がいらっしゃった。旦那さんは、バスの運転手の仕事をしており、我々が神戸市灘区から来たというと、昔は六甲の営業所によく行っていたという話をしてくださった。家の中は、畳が上げられ、床板がはずさられていた。床下には泥がつまっていた。途中でやってきた農協の調査員の話を横で聞いていると、この家では地面から232cmの高さまで冠水したとのこと。家人の表現では「2階のギリギリまで水に漬かった」とのことであった。 ■午後の作業 いただいた昼食を終え、13:00に公民館に戻ると、既にボランティアが集まり、役場の職員の指示を受けていた。男手は作業内容が午前中と変わる。たまたまその場で、角スコップを持っていた男手は、ブルドーザーが除去した後の、残りの土砂を片付ける作業に従事することになったようである。我々は、スコップを作業していた民家に置いて来ていたので取りに戻ろうとすると、「いや、今ないなら、別の作業もあるから」と、土砂の作業にはまわされないこととなった。 ■所感片間地区では、2m以上冠水し、前日まで孤立していたという状況だけに、まだまだ人手が必要な作業はあるようである。家財道具の片付けや、床下の泥だしなどはまだまだ続きそうだ。新潟や福井の水害にくらべ、ボランティアの人手も少ないようであるから、なおさらである。ボランティアの活動期間は27日(水)までとなっていたが、期間は延長されるのではないか(管理者注※25日夜の時点で、出石町ホームページによると、当初27日であったボランティアの活動期限が、31日[日]まで延長されました)。区長さんや、作業した民家の家人などは、極めて明るくふるまってくださったが、作業の長期化による今後の疲労が心配である。(報告:山崎・村川) |
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